世の中には「珍車」と呼ばれるクルマがある。名車と呼ばれてもおかしくない強烈な個性を持っていたものの、あまりにも個性がブッ飛びすぎていたがゆえに、「珍」に分類されることになったクルマだ。
そんなクルマたちを温故知新してみようじゃないか。ベテラン自動車評論家の清水草一が、往時の体験を振り返りながら、その魅力を語る尽くす当連載。第3回では、別に珍しくもおかしくもないじゃないか!? と思われるかも知れないが、ホンダ トゥデイ(初代モデル)を取り上げてみたい。
文/清水草一
写真/ホンダ、カーマニアI氏
■カーマニアのガレージで発見!
かつて、ホンダ トゥデイという軽自動車が存在した。現在すでに消えていることからわかるように、販売はあまり振るわなかったが、2代にわたって、非常にユニークな存在だった。それは、「名車」と呼ぶには少し物足りないけれど、「珍車」と切り捨てるわけにもいかない「珍名車」だった。あるいは「オレ流名車」だろうか?
そんなトゥデイの中古車相場が、このところ急上昇を見せている。すでに車名すら忘れられつつあった気がするのに、いったい何が起きているのか。
2年前、旧知のカーマニアであるI氏のガレージを訪れると、そこには赤い初代トゥデイ(前期型の丸目)がラインナップに加わっていた。I氏はこれまでも、数々の旧車を購入している。そのなかには、スバル 360やマツダ R360クーペ、ホンダ シティターボII ブルドッグなどもあった。
それら3台は、異論のない国産旧名車。マニアなら手に入れたくなって当然だろう。でも初代トゥデイはどうなのか。私の脳内は「???」になった。
私「このクルマ、どうしたの」
I氏「最近買ったんですよ。20万円でした」
私「な、なぜ?」
I氏「だって、この頃の軽自動車って、かわいいじゃないですか~」
確かに、85年に発売された初代トゥデイ(前期型)はとてもかわいい。フォルムはシンプルな砲弾型で、先端についたふたつの丸目は、ボンネットとバンパーに食い込んで、なんとも言えないステキな表情をしている。
■軽自動車で低全高スタイルを実現
全高は1315mmと非常に低い。現在の軽自動車の主流たるトールワゴンの全高は、1800mm前後。最も背の低いアルトやN-ONEでも1500mm以上ある。当時ライバルだった2代目アルトで1400mm。トゥデイの低さは圧倒的だった。
全高だけでなく、ボンネットも非常に低かった。まるでスポーツカーのような低いボンネットは、2気筒エンジンをほとんど90度前傾させることで実現していた。ホンダは1981年、当時の「クルマは背が低いほどカッコいい」という常識を覆し、トールボーイスタイルの初代シティをリリースしている。が、そのいっぽうでは、背の低いクルマの本家&元祖デートカーの2代目プレリュード(1982年)や、砲弾型フォルムの白眉たる3代目シビック(ワンダーシビック)を発売した(1983年)。
当時の軽自動車は、主に地方のミニマムな移動手段の色彩が強く、流行とかカッコよさはあまり求められてもいなかったが、ホンダは、登録車の常識をそのまま軽自動車の世界に持ち込み、ワンダーシビックをさらに一歩進めた超スタイリッシュなデザインを、トゥデイに与えたのである。このフォルムは、のちにルノーの初代トゥインゴが、ほとんどパクリ的に踏襲したが、それくらいシンプルで美しく、スポーティで居住性も高かった。
ただ、市場の反応はそれほど芳しくなかった。当初トゥデイは商用車のみの設定。安さが命ゆえ、ライバルより価格の高いトゥデイは、苦戦して当然だった。I氏が購入したのは、この前期型の丸目トゥデイである。
■中古車相場の値上がり理由を考察
先日、I氏に連絡を取ったところ、トゥデイはすでに手放したという。
I氏「80万円でヤフオクに出品したら、即決で売れちゃったんですよー」
なんと、買った値段の4倍で! いったい誰が?
I氏「ほかに2台トゥデイを持ってる方です。そのうち1台は、『逮捕しちゃうぞ』の実写版TVドラマで使われた、ミニパト仕様のトゥデイ(実物)だそうです」
まさか、トゥデイのマニアが存在していたとは! と言っても、2年前は20万円で買えたのだから、マニア人気はまだ顕在化していなかったはず。近年は国産旧車の値上がりが激しいが、その波が初代トゥデイにまで及んだということか!?
が、トゥデイの中古車相場を検索すると、人気は初代前期型だけではなかった。それを上回る価格の、別グレードが存在するのである。その代表は、以下の2つだ。
①【初代後期型(楕円目)の電子燃料噴射(PMG-F1)仕様】
②【2代目トゥデイのMトレック仕様】
初代後期型は、マイナーチェンジでヘッドライトが丸目から楕円に変わると同時に、軽規格の変更で、エンジンが2気筒の550ccから3気筒の660ccに変更されたが、①のPMG-F1仕様は、ノーマルの36馬力に対して、42馬力/8000rpm(5速MT)という高性能を誇る。
そして2代目トゥデイには、あのビートに搭載されたMトレック(ツインマップ燃料噴射制御/各気筒独立スロットル機構)エンジンを搭載したグレード(前期「Xi」、後期「Rs」)が存在するのだ。最高出力は58馬力。高回転高出力エンジンゆえに、回さないとパワーが出ず、日常領域ではぜんぜん速くなかったが、回せばホンダのスポーツエンジンらしく、高回転まで突き抜けた。こちらも100万円近い値付けの個体がある。
これら人気グレードの存在ゆえか、ごく普通のグレードでも、走行距離が少ないなど状態がよければ、やっぱり100万円近い値段になっていたりするのだから、門外漢にはワケがわからない。
とにかくトゥデイは、いかにもホンダらしい、マニアックなクルマだった。そのマニアックさゆえ、今になって人気に火がついたらしい。まったくもって、何がどうなるかわからない世の中だ。
投稿 マンガやマニアックグレードで人気上昇中!? ホンダ トゥデイの意外すぎる盛り上がり【記憶に残る珍名車の実像】 は 自動車情報誌「ベストカー」 に最初に表示されました。