STREET MINI WEB

いまさら聞けないミニのアレコレ。第3弾

webマガジン不定連載3

いまさら聞けないミニのアレコレ

 

歴史のことやモディファイのこと……。

ミニに関する基礎知識はたくさんあるけれど

実はよくわかっていなかったり

ちゃんと考えたことがないことってありませんか?

そんないまさら人に聞けない疑問に

編集部お答えします!第三弾

’80’90年時代の国内ディーラーは?

・無法地帯だったディーラー不在時期

キャピタル企業が’73年にミニの販売を打ち切り、

モーリス系ディーラーも相次いで撤退したことで

ミニ業界には’82年まで続く正規ディーラー不在時期が訪れた。

しかし、一方で世間では第2次ともいえるミニブームが到来しており、

「ミニフレンド」や「バグパイパーズ」などといった、

オーナー同士が集うM.O.C.(=ミニ・オーナーズ・クラブ)が

全国的に相次いで発足。

また、305ミーティングのようなイベントも始まり、

’60年代とは少し異なる形で盛り上がりを見せていた。

そんな増え続ける需要に対応するかのように、

JACSやスタンモアーといったショップが

本国仕様のミニを次々と並行輸入。

また、イースト・ポイントではイタリア仕様の

イノチェンティ・ミニ・クーパーSが販売されていたという。

 

ミニマルヤマもディーラーだった?

東京・墨田区の老舗「ミニマルヤマ」は、’90年代、

ローバーと代理店契約を締結し

正規ディーラーとしてミニを新車販売していた。

その売り上げ実績は、ローバージャパン本社の

ミニの売り上げ実績を超えてしまうほど。

英国から輸出される前からすでにオーナーが決まっていることもあったほか

全国に向けて販売していたため、

納車時には遠方からミニを受け取りに来たオーナーもいたという。

 

オースチン・ローバー&ローバー・ジャパン時代

‘80年代に入ると、各自動車メーカーが相次いで現地法人を設立。

英国のオースチン・ローバー・グループも例外ではなく、

’83年には日本レイランド株式会社を買収、

子会社化して「オースチン・ローバー・ジャパン」を立ち上げた。

2年後の’85年には正規輸入販売を再開していた日英自動車から業務譲渡を受け、

ローバー・ミニの販売をはじめた。

さらに’89年に「ローバー・ジャパン」に改称すると

’90年にはクーパーモデルが復活したことで、バブル景気も手伝い、

過去最大のミニブームが到来。インジェクションモデルも登場し

当時の輸入車人気ランキングでは、つねに3位以内に食い込んでいたという。

また、ローバージャパン主催の「コカ・コーラジャンボリー」なども開催された。

しかし、’94年にローバーがBMWに買収されたことにくわえ、

各国で見直された衝突安全性や排ガス基準に

ミニの構造での対応が困難となり

’97年のマイナーチェンジを経て’00年に販売が終了した。

 

クーパーに救われたローバー

‘88年に国営企業から民営化されたことで

航空機メーカー・BAeの傘下に入ってからは起死回生のために

レギュラーのラインナップに加え、さまざまな限定モデルを発売。

しかし、スタイリングを変えただけの限定モデルは、

いずれも鳴かず飛ばずで終わってしまった。

そこでローバーは業績不振の打開策として、

ふたたびジョン・クーパー氏を招聘しクーパーモデルのリバイバルを計画。

’90年7月には量産に先立って30thAniv.をベースに製作した

1650台のミニ・クーパーを限定発売した。

見た目だけではなく、1,275cc/61psというその名に見合ったスペックに

世界中のファンからオーダーが殺到。同年9月に正式にラインナップされた

「ローバー・ミニ・クーパー1.3」も飛ぶように売れたことで、

ローバーは軽々危機を脱することができたのだ。

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